クーベルチュール・チョコレートの、本編後の小咄。
ねこちゃんが社会人になった後の「有り得る未来」なお話し。

重大なネタバレはありませんが、あくまでも「本編後」の設定です。
ご注意・ご了承下さいませ。

 

 

 

社会人になって、初めての冬になろうとしている。秋風はいつの間にかキンと冷たくなって、耳たぶがすっかり痛いくらいの空気。
待ち合わせのロータリーは吹きさらしで、わたしは少しだけ寒さに震えながら人を待っていた。待ち人は珍しく遅刻のようだ。こんな寒いところを待ち合わせ場所に指定しておいて、本当気が利かない。死ねばいいのに。なんて。思ってみたら笑いそうなくらいおかしかった。
--そういえば、前にもここで待ち合わせをしたことがあった。あの時は高城さんが遅刻したんだ。
今までわたしとの待ち合わせに絶対に遅れることがなかった、色々律儀な奴が遅れている。
「・・・さむ」
カフェオレ飲みたいなー、と思っていると、遠くに奴の姿を発見した。向こうもわたしに気付いたようで、「あっ」というような「しまった」というような表情。しかしその一瞬後には、ニタニタという効果音がつきそうなくらいの、ものすごい満面の笑みで勢いよくダッシュしてきやがった。待て。ホラーかよ。
「ねこちゃああああああん!!」
「おまわりさんこっちです変質者」
「変質者じゃないよ! 未来の旦那さん!」
「その顔と言ってることがすでに変質者だ!」
「なーに? 俺の顔が格好よくて見とれる? ねこちゃんったらそんな公衆の面前でデレなくてもいいのに」
「やっぱ死ねよお前」
奴、中野はわたしの言葉に、それはもう嬉しそうに笑った。へらー、と。変な奴。馬鹿な奴。
わたしのこと、ずっとずっと好きって言ってくれる人。
「ごめんね、ねこちゃん寒かったでしょ? 予定では待ち合わせの三十分前に着くはずだったんだけど、会社出る前に課長に掴まってさ・・・なんとか振り切ったんだけど、結局遅れちゃったね。本当にごめん!」
「いや、大丈夫。確かに寒いけどね。中野が遅れるなんて珍しいなー今夜はミサイルでも墜ちるのかーって思ってた」
「ミサイル墜ちて死ぬならば、ねこちゃん思い切り抱きしめて一緒に死にたい! 絶対にねこちゃんを一人にはさせないからね!」
「完全に下心満載だろうが!」
中野がふとスマホを見て、「うわ、時間!」と声をあげた。
「急ぐ?」
「だねー。このお店、予約とるの苦労したし」
わたしを先導するように、中野は少しだけ先を歩き始める。歩調は遅い。わたしに合わせているようだ。
(・・・あ)
中野の後ろ髪。パーマをかけているが、異様に跳ねた部分が目に入った。中野が歩く度に、ぴょこぴょこと弾んでいる。
純粋に、触ってみたい、と思った。純粋な欲求だった。やましい気持ちなんて一切なくて、ただ「触ったら面白そうだな」というだけの気持ちだった。
中野はスマホでお店の場所を確認するため、立ち止まってしまっている。
「えーっと・・・移転してから行くの初めてだからなぁ・・・ごめんねねこちゃん、ちょっとだけ待っててねー」
「んーん、大丈夫・・・」
ぴょこんと跳ねた髪に気を取られて、わたしの返事はとても心ここに在らずな感じになっただろう。
中野は気付かない。気付かないなら、いいよね。別に、触ってみても。
手を伸ばす。伸ばして、揺れている毛先に、指先が、・・・・・・

(――ふれ、た・・・?)

「お、場所わかった! 待たせたねねこちゃん! さ、行こっか!」
ビクッとして、勢いよく手を引っ込める。熱い。火傷をしたように、指先が熱を帯びていた。
不審がった中野が首を傾げて、わたしの顔を覗き込んできた。あまりの近さに、顔面までも熱くなってしまう。
「あれ? ねこちゃんどしたの? もしかして寒過ぎて風邪ひいちゃった!?」
「えっ! あの、ち、がっ、う!」
(待って、わたし、今、何してた?)
「俺が遅刻したばっかりに、ねこちゃんが凍えてしまうなんて! なんたる失態! そういえば行くお店は湯葉だけじゃなく湯豆腐のお鍋もオススメなんだって。お鍋いいねー、もうそんな季節だよ。ほら、あの茶色い屋根と赤い提灯のお店。あー! 着物姿のねこちゃんが似合いそう!」
中野はものすごく普通だった。こっちのことなんて何一つ知らないから当たり前だろう。
それが逆に恥ずかしかった。
恥ずかしさで死にそうだった。
「っ、中野の馬鹿!」
「えぇっ!? どうしたの急に!?」
「うるさい黙れ! とにかく黙れバカノ!」
わたしの行動は完全に八つ当たりで、中野に何の落ち度とないことはわかっている。わかっているけど。
「なんでもない! 中野が馬鹿だから馬鹿って言ったの!!」
とにかく中野の顔を見ていたくなくて、わたしはお店に向かって走り出す。後ろで「ええええ!? ねこちゃん!?」と狼狽える奴の声が聞こえた。
指先を見る。中野の髪に触れた指先。
そこだけ自分の物じゃないみたいにピリッとしている。電流が走っているように。心臓が忙しなく鼓動を刻んでいく。
ああそっか。
これがいわゆる、
--好き過ぎて死んでしまうってこと--なのかも、なんて、そんな柄にもないようなことを、生まれて初めて考えた。

×××

「・・・馬鹿はどっちだよ、まったく」
走り去っていった彼女を見ながら、俺は溜息を吐いた。
--俺が何にも反応しないから、気付いてないと思ったのだろう。そんなの、甘過ぎる考えだ。
ねこちゃんが俺じゃない何かにずっと気を取られていて、嫉妬していた。胸に溶けた鉛がドロドロと流れていく感じ。嫉妬でおかしくなりそうだった。そんなの、言ったらねこちゃん怖がるから言わないけど。
スマホで地図を確認する時、立ち止まった場所ーー知らないブランドの店舗だったーーには大きなショーウィンドウがあって、いい感じにねこちゃんの姿が反射されていた。
だから、彼女の純粋な好奇心--もしくは欲望に気付いた時、俺は歓喜と驚愕で固まってしまった。髪とはいえ俺のことに夢中になって、俺のことしか考えていないねこちゃんに興奮する。そんなのも、絶対言わないけど。
・・・細い指先が、おもむろに伸ばされて。

(ーー触れ、る・・・?)

彼女が触れたであろう部分に手をやると、そこだけ熱をもっているような錯覚に陥った。熱い、なんてこと、あるわけないのに。
まったく。ずっと君に触れたいって思っている俺の気も知らないで。容易く触ろうとするとは。
それならば、次は俺が彼女にこっそり触れてみよう。俺の髪を触ったその指先に、触れるかどうかの瀬戸際まで。
寧子が許してくれるならば、いっそ抱きしめてみようか?
ーー『何やってんの変態! 離れろ! 死ね! いっそ殺す!』
あの子はきっと真っ赤な顔でそう叫ぶんだ。想像して、俺はとうとう抑えられない笑い声を出した。
「あーもう早く来い中野! わたし一人じゃ入れないんだから! お前が予約したんだから!」
遠くでねこちゃんが叫んでいる。恥ずかしさより、空腹感の方が勝っているようだ。
「ごめんごめん。すぐ行くからねー。ねこちゃんが望むなら湯葉も湯豆腐も食べていいんだからね! お豆腐だからヘルシーだよ!」
「そういう問題じゃない!」
さて。いつ作戦実行するか。俺の頭はそれで一杯だった。

 

fin.

 

基本的にこの2人は幸せになります。はためにはともかく。当人達は。
はたから見ると若干の影がありつつも、幸せで甘くてむしろ甘ったるい結末になります。
周りから見たら恐らく「ええ・・・?」という感じだけど、当人達はものすごく幸せです。

鈴藤サキ

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